クライスラーを知ろう
私が生涯かけて追及したい音色、それはフリッツ・クライスラーというヴァイオリニストの音です。音楽史の人となってしまい、今ではあまり登場する機会もありませんが、このクライスラーという人物をカンタンにご紹介します。
フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler)は、1875年にウィーンで生まれ、善良な医師であった父親が趣味で室内楽を演奏する環境に育ちました。早くから才能を発揮しパリ音楽院(マッサールに師事)をわずか12歳で卒業しましたが、それ以降は音楽学校や先生についた経歴がありません。
その後、24歳のデビューまでは医学の勉強をしたり、軍隊に入隊したりしました。
そして、1899年にようやくヴァイオリニストとしてベルリンフィルとの共演でデビューします。彼の活躍の時期はちょうどレコードの普及と重なり、一時期はイタリアの伝説的テノール歌手、エンリコ・カルーソーと並んで、世界でトップのレコード売り上げ枚数を誇りました。
飛行機のない時代でしたが、ヨーロッパのみならず世界中でコンサートを行い、大正12年、来日公演もしています。演奏活動と同時に、アンコールに用いられるようなヴァイオリンの小品を数多く残し、作曲家・編曲家としての才能も発揮しました。
彼の音楽家としての経歴でもっとも異質なのは第1次世界大戦にオーストリア兵として従軍し、一時は死亡と伝えられるほどの負傷をして、戦地から帰ってきた経験でしょう。彼が一介の音楽家ではなく、人格者としてスケールの大きな人物たらしめる経験になったような気がします。
戦地での経験を彼は「塹壕での4週間―あるヴァイオリニストの戦争経験―」として執筆しています。下が英語版です。
Four Weeks in the Trenches–The War Story of a Violinist
第1次大戦後、演奏活動を再開し、また、彼の残された録音の多くは、1920、1930年代のものが中心となっています。第2次大戦中には、アメリカへの移住をしたのち、アメリカ国籍となり、1962年にニューヨークで亡くなりました。
彼の残された写真はどれを見ても温かくて、朗らかな人柄が伝わってきます。実際にそうした温かい人柄だったそうです。私は彼の笑顔の映像を見ると、その慈悲深い人間性になぜか涙がこぼれてきます。
彼はヴァイオリニストとしての成功を収めただけではなく、「愛の喜び」「美しきロズマリン」など、非常にポピュラーなヴァイオリン曲を数多く作曲しています。
それでは、少しクライスラーの音色を聴いてみましょう。
アタックの強い攻撃的で現代的なヴァイオリンの音色とはずいぶん違い、太くて温かい響きが聴こえてきませんか。
私は彼の生涯すべての録音をレコード・CDを合わせて収集しており、毎日のように聴いてはどうしたらこんな音が出せるのかを研究しています。それは遠い遠い道のりですが、技術だけでなく、心も高めていかなければいけないでしょう。まさに「心技体」ですね。いつかあんな音が出せたらと夢見ており、死んだらあの世でクライスラーに「なかなかよくやったじゃないか」と言ってもらえるように一生頑張ろうと思っています。