楽器を変える前に
ヴァイオリンという楽器は、職人が手作業で作っているので、一つとして同じ楽器がありません。同じストラディヴァリウスといっても、1台1台鳴り方が違って、個性や特徴があります。お金さえ出せば、良い音の楽器を手にすることはいくらでもできるし、上を見ればキリがないでしょう。
けれども、美しい音の追求のためとはいえ、楽器だけ良いものに取り替えればいいというものではないと思っています。
第一の楽器というのは、人間自身の「身体」であって、立ち方、骨盤の位置、構え方、など、ちょっと変えるだけで、同じ楽器でも鳴り方が全然変わってきます。今、練習中ですが、バランスボールの上に立ったり、立膝で立って弾くだけでも鳴り方が変わるので、それをよく実感しています。
第二の楽器は、弾き手のイメージしている「音色」ではないかと思います。それは目に見えない楽器ですが、どんな美しい音を出す前に描いているか。それは良い音をたくさん聴いたり、体感したりすることで高められます。
第三の楽器で、はじめて手にしている楽器と弓そのものが登場してくるのでしょう。そして楽器も、身体と同じように調整によって音が変化していきます。
私のもっている楽器も、もともとそんなに鳴る楽器ではありません。人に貸して弾いてもらっても、弾きやすいとか、明るいとか、あんまり褒められた経験がない可哀想な楽器なのです。
それを買い替えるのはカンタンですが、その前にやることがあるだろう、ということで弓のボーイングを研究し、身体をトレーニングしたりするうちに、これはいろんなヒントを与えてくれた楽器なのだと今は思えます。もちろん楽器の各パーツであるペグや、魂柱、駒、指板、弦などなどいろんなところを調整する余地があったので、それも同時にやってきています。
建築は、飛鳥時代から道具が発達することによって大工の腕は衰えてしまった、と宮大工の西岡さんの本で読んだ記憶がありますが、道具(楽器)に頼らない、と決意することで得られるものはたくさんあるように思います。