クライスラーの弓の謎

クライスラーの弓の謎”Kreisler, as I recall him, appeared to earn his fame and fortune between the middle and the tip of the bow, and ever slightly on the bias, by the way.” (W.Primrose)

私が思い出すに、クライスラーはその名声と成功を、弓の真ん中から先端の間で獲得したように思えるのです。」(ウィリアム・プリムローズ ヴィオラ奏者)

私がヴァイオリンの理想の音として追及しているフリッツ・クライスラーは、弟子を一人もとらなかったため、奏法は彼のオリジナル(=教科書にならない、手本にならない)として片づけられています。

しかし、私はそれでは納得しません。弓と弦の当たり方、身体の使い方、などどこかにヒントがあるはずです。テニスでも鋭い球を打てる選手は理にかなったフォームなのです。

実際に彼の演奏を目にした人からの証言を拾ってみました。その一つが冒頭にご紹介したプリムローズのコメントです。また次のようなコメントもあります。

クライスラーのあの音楽、そして魅力的な音は、一度聞いたものの耳から決して離れないと思います。一方彼の演奏法は、ほんとうに彼だけの独特なものでした。たとえば、いつも弓をぱんぱんに張って弾き、それも弓の先の方は使わず、手もとの方の半分だけですべてを演奏していました。」(グレイラー)

また、アイザック・スターンの自伝には、

クライスラーは弓の70%しか使わない。先端の15%と元の15%は使わないで演奏していた。

ここでなにかおかしなことに気づきませんか?この上述の三者の観察はまったく矛盾しているのです。一体、クライスラーが弓のどのあたりを使って弾いていたのかよくわからないのです。

私の推測ですが、おそらく弓の先でも元でもどこでも上手に操れていたので、曲想によって使う部分も変えていたのでしょう。ただし、短い弓使いで濃厚な音を出していたことは間違いありません。弓はパンパンに張り、省エネで一部しか使わない奏法であったそうです。

ヴァイオリンは、アコード、三弦のとき、つまりタテ弾きにすると「木箱」の美しい音がするのですが、それを一本の弦でも実現できていたのがクライスラーではないかと思います。